印鑑の歴史|国宝の金印

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皆さんが、歴史の教科書等で一度は見たことがある、漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)。全体が金で出来ていて、現在は文化財保護法によって、国宝として扱われてます。

金印が、いつの時代に存在したか、諸説ありますが、倭人が、書記に登場するのは、紀元前150年頃で、7世紀頃になると、書記には、対外的に、倭国ではなく、日本と記されていることから、紀元前150年から7世紀のいずれかの時代に存在していたということになります。倭国の、勢力としては諸説あるため、詳しいことは、学者によってそれぞれです。

金印の成分分析によると、金、銀、銅、不純物として水銀が微量含まれているため、
中国で精製されたものと推測されます。22.4Kという金になりますが、金と銀だけでは、22.5Kとなります。 当時の技術が、もうすでに高いものであったことが、うかがい知ることができます。

この金印は、現在主流な朱印ではなく、封泥印と言って、木簡(墨を書くための短冊状の木)等に書いた重要な書類を封印するための泥に、印をつけるためのものでした。現在の印鑑は、朱肉を付ける面が平らなのに対して、こちらの金印は真ん中が少し窪んだ形状になっています。

正確に四角く、持ち手のちょうの部分にも、何か通せるような穴があいており、昔の風潮としては、大切な印は紐に通して、首から下げていましたので、そうして用いていたかもしれません。

そして、先ほど述べたとおり、金の分析的にも、中国で作られたものでありますから、古来より、海をわたっての交流があったものと思われます。古くから、海外との貿易、文化の交流、重要な書類のやり取りが行われていました。通訳のできる人もいたことでしょう。

とても長い歴史の中、この金印は一度は行方がわからなくなったものの、偶然にも、百姓が土中から発見します。もしかすると、日本の土地に、未だ発見されず、重要な意味を持つこの金印のようなものが埋まっているかもしれません。

それは、発掘者にとっても追うべきロマンですね。

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